オハナ・デンタルクリニック関内

院長 宮路 早苗

経歴

昭和大学歯学部卒業後、東京大学顎口腔外科・歯科矯正歯科にて非常勤講師を務める。
その後、歯科医師として、東京・新橋の父親の診療所に勤務。 新橋、日本橋、川崎、桜木町 と都内・神奈川県の数カ所の歯科医院で経験を積む。

うちの家系は、祖父は歯科大学教授。父も歯科医師で私は3代目。
3代目歯科医師として日々最新歯科医学、治療法を学び、自分の知識実力を最大限度発揮できるクリニックをめざしております。
子供の頃から育った愛着のあるこの横浜で、「オハナ・デンタルクリニック関内」を開院できた事をとても嬉しく思います。

国際学術誌誌上発表紹介

2020年9月 「Case Reports in Clinical Medicine」

歯を治療して脳機能を正常化し、歯を調整して顎のズレから全身の歪み(腰痛や腱鞘炎)を治した症例です。

詳細はこちらよりご覧いただけます(英語サイトです)

趣味

歯医者嫌いだった私が、歯科医師になったきっかけ

子供の頃、虫歯があると。
祖父も父も歯科医師だったこともあり、「歯医者の子供なのに虫歯作って!!」と怒鳴られ、泣きながら治療されたのを今でも覚えています!
それから歯医者が嫌いで、絶対にならないと思っていました。

高校で理系が好きだったので薬学を目指して勉強していましたが、受験は歯学部も受けてみるよう父に言われ、合格。6年も大学に行くのかと憂鬱でしたが、国家資格を取るため勉学に励む学生生活が始まりました。

学校が夏休みになると、父の新橋の診療所に修業に来るように言われ、まだ学生で何も分からないのに「遅い!遅い!」とそこでも怒鳴られ、「やめてやるー」と泣いていたものでした。

そうして歯科医師免除取得。大学の口腔外科で、犬猫以下と言われる地獄の研修医生活。

朝は点滴、採血。聴診器をぶらさげて10時間オペに入り、そのまま寝袋で当直。寝る間もなく当時はポケベルで病棟や救急部に呼ばれ、あっという間に朝。食べる時間もなく、トイレで隠れてパンをかじる。

今だから笑い話ですが当時は辛く、最後は自分も点滴台を動かしながら点滴中の患者さんをみるという。。。

そんな修業時代があるので今がある。最近になってやっと気づきました。今では、治った患者さんの笑顔を見ることに、何よりのやりがいを感じてます。これからも皆さんのお役に立てるよう、治療に専念していきます。

オハナデンタルクリニック関内 院長 宮路 早苗